婚姻制度と恋愛感情を同列に論じるべきではない

同性パートナーシップ第一号カップルの破局

2015年11月に、渋谷区同性パートナーシップ条例に基づく証明書発行第一号となった増原裕子・東小雪のカップルが今月、関係を解消し、証明書を区に返還したことが明らかになりました。5年前にディズニーランドで結婚式を挙げて以降、LGBT(性的少数者)の権利拡大運動のシンボル的存在だった二人のあまりに短期間での破局に対しては「あの騒ぎは何だったのか」などの声もあがっています。同じく2015年4月に結婚式を挙げた一ノ瀬文香・杉森茜のカップルも今年5月に破局していました。

世界的には元サッカー女子米国代表のアビー・ワンバックも有名ですが、彼女も元チームメートのサラ・ホフマンと2013年に結婚した後、16年に離婚しました。さらに、半年もたたない今年2月には女流作家のグレノン・ドイル・メルトンと婚約、5月に結婚式を挙げています。ちなみにメルトンも2016年に以前の同性パートナーと別れていました。

2015年FIFA女子ワールドカップで米国代表が優勝(準優勝はなでしこジャパン)した際には、ワンバック選手が観客席のホフマンに駆け寄りキスを交わしています。ファンは「#LoveWins(愛は勝つ)」のハッシュタグをつけてSNS上で拡散、世界的な盛り上がりを見せました。そのわずか2年後、メルトンと再婚したワンバックは、Instagramに結婚式の写真を投稿、再び「愛は勝つ」とつづっています。

ここで勝ったとされる「愛」とはどのようなものなのでしょうか? 私たちは数年単位で移り変わる恋愛感情も、生涯にわたって貞操を守り抜いた老夫婦の間にある深い絆も、同じ「愛」という名称で呼んでいます。しかし、よく考えてみれば両者は全く同じものだとは言えません。

単なる恋愛感情は相手に性的刺激や魅力を感じれば高揚する一方、相手の欠点が見えたり、ほかにもっと魅力を感じる相手ができれば容易に移り変わります。それに対して生涯持続するような夫婦愛は、自身の感情や相手の状況に関わらず、結婚に伴う誓約と義務を守るために自分自身を乗り越えていくものです。そして、それこそが本来、婚姻制度で保護すべき「本当の愛」ではないでしょうか。

もちろん、自由主義社会にあって、自分自身の感情や性的指向の赴くままに恋愛を楽しむ人がいても構いません。しかし、それは同性愛、異性愛を問わず、あくまでも私的な関係であり、あえて特別な社会的地位を与えて保護する必要はないと思われます。たとえば非常に親しい親友同士が同居していても、相続権や、住宅、手当などの優遇がないのと同じです。

それに対して、貞操を貫く男女の愛には公益性があります。人間社会の存続と繁栄にとって、もっとも重要な「子供を産み育てる」行為に関わるものだからです。実の両親が協力し合って子育てに責任を持つには、二人の関係が持続的で安定したものでなければなりません。だからこそ、男女の愛には婚姻制度によって、貞操義務が伴う特別な地位と保護が与えられているのです。たとえ子供を産めない夫婦であっても、貞操を守り、異性が協力し合って家庭を築くという「異性愛規範」を保つうえでは同じ意義が認められます。

そもそも男女による結婚は、近代法で明確に制度化される以前から、あらゆる社会で尊重されてきました。男色が好まれ、同性愛に寛容だったとされる日本社会ですら、それら同性の関係はあくまで私事であり、家族を形成する夫婦の婚姻とは明確に区別されていたのです。

その区別があいまいにされている背景には、婚姻の特別な意義が異性間においても軽視されている状況があるでしょう。同性婚を認めた国々では、それに先行する形で離婚が増えています。つまり婚姻が、次世代の養育や家族の形成といった本来の意義から切り離され、個人的恋愛の延長線上に貶められているのです。その背後で、多数の子供たちが犠牲となり、社会を内側から蝕んでいる事実を無視することはできません。

同性婚問題は、あらためて「結婚」とは何かという問いを私たちに投げかけています。婚姻制度は、性愛に基づく単なる個人的結合のためにあるのではありません。世代を超えて、人間の生きる基盤である「家庭」を受け継ぐための大切な仕組みなのです。(O)

Weekly Voice by UPF

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