AI(人工知能)の進化でBI(ベーシック・インカム)を実現?

熱帯びる議論、世界各国で試験導入も開始

高齢化社会の社会保障制度や、拡大する所得格差をどう解消するのか――。日本をはじめ、先進国に共通する喫緊の課題に対し、ヨーロッパ諸国でいま注目を集めているのが「ベーシック・インカム(BI)=最低所得保障」の導入です。さる5月25日にも、FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグ氏がハーバード大学の卒業生に対して行ったスピーチの中でBIについて言及し、「可能性を探索すべき」と試験導入を支持する立場を表明して話題になりました。

BIとは、保有資産や勤労所得の高低にかかわらず、全国民に最低限の生活が可能になる金額を、毎月現金で支給する制度です。この制度が導入されれば年金も失業保険も生活保護も不要となり、そのための予算や制度を維持するために働いている人(年金事務所や行政の生活保護の担当部門)の人件費もすべて不要になるため、財源は確保できると試算する専門家もいます。

昨年6月には、スイスでBI導入の是非を問う国民投票が行われました。内容は「大人には月2500スイスフラン(約28万円)、子供には625スイスフラン(約7万円)を支給する」というもので、結果は反対多数で否決されたものの、4分の1弱に当たる23.1%が賛成票を集めました。また、フィンランドやカナダのオンタリオ州などでも給付実験が始まっています。

そもそもBI自体は特に新しいアイデアではありません。18世紀末には英国の哲学者、トマス・ペインが著書の中で「21歳になった人々に、成人として生きていく元手に15ポンドを給付(ベーシック・キャピタル)する」という制度を提唱しています。早くからこの制度を支持していたのは、「社会福祉の充実」を主張する人々でした。生活保護とは異なり、BIなら全員が気兼ねなく受け取ることができ、全員に行き渡るからです。

これに対し、最近注目されているのは福祉制度としてではなく、AI(人工知能)の普及により従来型の雇用が奪われる可能性を前提にした、高生産性社会を志向する人々(=生産性の低い人を労働市場から排除する)によるBI論です。つまり、例えば生産性の低い産業を守るために余計な規制をつくるより、AIをはじめとする新しい技術や制度の進化によって生産性を飛躍的に高めることで社会全体を豊かにできるという考え方です。平たく言えば、「高生産性社会へのシフトを邪魔しないでくれ。そのために生活費を渡すから」といったところでしょうか。

こうしたBI導入を求める声に対し、当然ながら反対や懐疑的な声も決して小さくありません。

財源の捻出はもちろん、社会保険や年金、税制そのものを根本から再構築する必要性が出てくるほか、個人の需要に見合った保障が困難になるなど、まだまだ解決すべき課題が山積しているのも事実です。

また、現代の資本主義社会はプロテスタンティズム的な勤労精神と価値観の上に、富の拡大と再生産を繰り返すことで成立していますが、何もしなくてもお金がもらえる権利が与えられた人間が、本当に正しい勤労意欲やモラルを維持できるのか危惧する声もあります。

反対する人々の中には、圧倒的な数の受益者を抱えたBI化で現状の民主主義を維持することは不可能であり、かつて共産主義が科学的配分のために独裁制を取らざるを得なかったように、BIが20世紀の共産主義の悲劇を再現させかねないと見る人もいます。

いずににせよ、社会的な恩恵や副作用が立証されるまでには、かなりの時間を要すると思われます。

いま大事なことは、こうした技術や制度の変化を見据えながら、私たちが文化や価値観をつくりかえる作業に着手することではないでしょうか。金銭的には働く必要がなくなったとしても、人は相変わらず社会的地位を獲得し、仕事から得ているような目的を得るための方法を見つけなくてはなりません。お金を主体とせずに活動しながら社会的地位や尊厳が得られる、ある意味で学術界や宗教界、NPO組織が担ってきたような価値構造をもっと広げる方法を模索すべき時なのかもしれません。(S)

Weekly Voice by UPF

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