テロを引き起こすのは「宗教」か

根源にあるのは人間自身の「エゴ」と「強欲」

またもや、イスラム過激派ISによるものとみられる卑劣なテロが続きました。まず5月22日に英国マンチェスターのコンサート会場が狙われ、8歳の少女を含む22人の命が奪われました。25日にはインドネシアの首都ジャカルタで2件の自爆テロが起き、警官3人が犠牲になっています。翌26日にはエジプトでコプト教徒の乗ったバスが襲撃され、28人が殺されました。

インドネシアのテロは、同国でキリストの昇天祭を祝う前日に引き起こされており、キリスト教徒を狙ったエジプトの事件と合わせて、イスラム対キリスト教という宗教対立の色彩が強い構図となっています。こうした構図は、一部キリスト教圏におけるイスラム嫌悪を引き起こすばかりでなく、日本などでは一神教自体への批判を生み出しています。果たして、これらの惨劇はイスラム、あるいは宗教によって生み出されたものなのでしょうか?

ここで私たちが忘れてはならないことは、テロを起こす人間はイスラム教徒のごく一部に過ぎないということです。大半のイスラム教徒は、このようなテロに対して嫌悪感を抱いており、むしろ他宗教との共存を望んでいます。アラブ系のタバ財団が実施した中東諸国の若者の世論調査では、イスラム過激派に共感を覚える割合は、ほぼ1割かそれ未満にすぎず、大半が「彼らはイスラムを曲解している」と答えています。

また、「神を讃えよ」と叫びつつ残虐行為を行うテロリストがいる一方で、無神論者もテロや虐殺を行ってきました。その最たる例が20世紀に世界中で猛威を振るった共産主義の信奉者たちです。彼らは革命の手段としてテロを奨励し、政権を取った後には反対者に対する過酷な弾圧を加えました。一説には、共産主義者の手によって殺された人々の数は1億人以上にのぼると言われています。宗教を信じているか否かに関わらず、人間はテロや戦争を行ってきたのです。

つまり、テロを引き起こすのは宗教それ自体ではありません。当然、イスラムの教えでもありません。著名なイスラム研究家であるオリヴィエ・ロワ教授は、一昨年にフランスでテロが相次いだ際、「イスラムの過激化」ではなく「過激主義のイスラム化」だと分析しました。実際に、フランスのテロリストの多くは、幼少期からの敬虔な信徒ではなく、むしろ宗教コミュニティと断絶し、世俗的価値観を持って育った若者たちでした。彼らは、社会に不満を抱いたのちに、過激派と接触し、その思想の影響を受けているのです。彼らが引きつけられたのは、イスラムそのものではなく過激主義だとロワ教授は指摘しています。

宗教学者のカレン・アームストロング博士も「宗教がハイジャックされている」と述べました。彼女は、あらゆる宗教は、本来、世界の調和のための力だと訴えます。あらゆる宗教は、愛と思いやりを説き、その中核に「自分がされたくないことを他人してはいけない」という黄金律を持っているというのです。そして、その宗教を台無しにしてしまうのが、まさに宗教が否定し克服すべきだと説いてきた、人間自身の「エゴ」と「強欲」です。

神の名のもとにテロを行う人々は、自らの怒りや不満、恨みや憎しみを正当化するために、神を利用し、宗教を利用し、教祖や教祖の語った言葉を利用します。それはまさに「エゴ」の克服ではなく、「エゴ」に敗北した姿です。そうした偽物の信仰者によって、自らが創始した宗教を汚されている教祖たち、あるいは神が存在するとすれば、どのような心で彼らを見つめているのでしょうか。

テロを生み出すのは、宗教ではありません。人間自身の心に巣食うエゴと強欲、それらから生まれる恨みや復讐心こそが、テロの根源にあるのです。そして、愛と思いやりを説き、エゴや欲望の克服を促す「真の宗教性」の回復こそが、テロに対抗する最も重要な手段かもしれません。(O)

Weekly Voice by UPF

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