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記事一覧(44)

忍び寄る「同性婚合法化」(前編)

客観性・中立性を欠く「日本学術会議」の提言9月29日、日本学術会議が「性的マイノリティの権利保障をめざして」という提言書を発表しました。この中では、「婚姻の性中立化」という耳慣れない言葉で、事実上の「同性婚合法化」が提言されています。そのほか、「性の多様化」に関する教育の推進や、女子大へのトランスジェンダーの入学を推奨するような提言もなされています。非常に過激な内容だと言わざるを得ませんが、こうした極端に偏った提言が日本学術会議という権威ある機関によってなされたことは憂慮すべき事態です。同会議は「内閣総理大臣の所轄の下で…(中略)…『特別』の機関として設立され」「我が国の…(中略)…約84万人の科学者を内外に代表する機関」(同会議HPより)として位置づけられています。従って、今回の提言は、事実上、わが国の学界が公式に「同性婚合法化」を政府に要求したようなものなのです。あわせて今回の総選挙では、「希望の党」が公約の中にダイバーシティ社会の実現を掲げ、LGBT擁護の政策を打ち出しています。もともとこの問題に対して積極的な民進党、社民党、共産党などとあわせて、非常に警戒すべき動きだと言えるでしょう。同提言に対しては、いずれ十分な批判、検討が加えられるべきですが、まず、代表的な論点について、いくつか触れておきましょう。◇性的マイノリティが人口の7.6%と強調提言では「電通ダイバーシティ・ラボ」の調査が何度も引用されており、性的マイノリティの数の多さが迅速な対応の根拠の一つとして強調されています。しかし、この電通調査の7.6%という数字については注意が必要です。このうち「男女どちらとも決めたくない」などといった曖昧な返答を除くと、レスビアンやゲイといった厳密な同性愛者は1.4%にすぎず、心と体の性が一致しないトランスジェンダーも0.7%と非常に少ない数字になります。英米の公的機関による調査でも、同性愛者の比率は人口の1-2%台にとどまっています。また、2013年に文科省が行った調査では「性別違和」を感じる小中高生の数は606人で、全小中高生の0.0045%に過ぎませんでした。さらに民間団体が全国の児童養護施設を対象に行った調査でも、性別違和や同性愛の傾向を持つ子供の割合は、非常に曖昧なケースを含めても1%未満となっています。LGBTの実態が正確に把握されていない中で、電通調査の数字が独り歩きすることは過剰な政策対応を招くリスクがあります。事実、三重県伊賀市においては「7.6%を伊賀市にあてはめると、5000〜7000名の性的少数者が存在することになる」として、わずか1カ月程度の検討ののち「同性パートナーシップ宣誓書」の導入を決定しました。しかし、1年余りを経た時点でも、申請したのはわずか4組に過ぎませんでした。今回の提言には、法律の制定やガイドラインの策定に加え、各種行政文書の書式変更や公的調査の実施など、予算措置を伴う内容も数多く含まれています。政策の優先順位を適切に判断するためにも、「性的少数者」が人口の13人に1人という、なかば誇張されたデータを使用することは控えるべきです。◇「婚姻の性中立化」を提言提言では「婚姻の性中立化は必須であり、そのための民法改正」を求めるとしています。これは事実上の「同性婚合法化」の提言です。その理由として、「個人の利益を否定するに足りる強力な国家的ないし社会的利益が存在しない限り、個人の婚姻の自由を制約することは許されない」と述べています。これは、あまりにも一夫一婦の結婚制度の意義を軽んじた見方です。結婚を男女の一対一の関係に限定することには「強力な国家的ないし社会的利益」が存在するからです。そもそも「婚姻」が他の人間関係とは異なる特別な義務、特権を与えられているのは、それが次世代を生み育てる基盤だからです。人間は成人するまでの期間が非常に長いため、子供の実の両親が長期にわたって安定した関係を維持し、子供の育成環境に責任を持つ必要があります。そのためには婚姻制度を整え、健全な性秩序と異性愛規範が保たれるようにしなければなりません。逆に、現在の日本では、その「婚姻」が弱体化することによって深刻な「国難」が訪れています。非婚化・晩婚化による人口減少と地方の衰退、離婚にともなう一人親家庭の貧困問題や児童虐待の増加、更には増え続ける単身高齢者に対する社会保障、介護の問題などです。そうした中、改めて一夫一婦の安定的な「婚姻」の意義を見直し、保護、強化することこそが、重要な政策的課題となっています。それに対して、同性愛者の共同生活は、あくまでも当事者間の「個人的利益」に限定されるものであり、男女の婚姻に匹敵する国家的、社会的利益をもたらすものではありません。従って、両者を同列に扱う「婚姻の性中立化」=「同性婚合法化」は、現在の日本の課題解決に逆行するものであり、決して認められるべきではないでしょう。また、同提言では「婚姻」の憲法解釈についても偏りが見られます。これまで「婚姻は、両性の合意にのみ基づいて成立」するとした憲法24条は「同性婚を認めていない」という見解が主流でした。国会においても、安倍首相が「現憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」(2015年2月18日)と明確に答弁しています。しかし、提言の中では、審議に参加した棚村政行早稲田大学教授らの「憲法24条の立法趣旨は『家制度から婚姻を解放』することにあったため同性婚を否定していない」という主張を無批判に採用、著しく中立性を欠いています。この点からも、日本学術会議の提言には大きな問題があると言わざるを得ません。(O)※次回は「『性の多様化』の教育推進」『LGBT差別禁止法』について取り上げます。

「国益優先」と「多国間協調」の間で揺らぐ国際社会

米のユネスコ脱退表明から見えてくるものユネスコ(国連教育科学文化機関)――。今年7月、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)の世界文化遺産への登録が決まった際に、その登録機関として耳にした方も多いことでしょう。そのユネスコに対し、トランプ米政権は昨日12日、脱退の意向を伝えました。声明を発表した米国務省のナウアート報道官は、「ユネスコは反イスラエル的偏向を続けている」と、ユネスコの政治的な姿勢を強く非難しました。ユネスコは7月、パレスチナ自治区のヘブロン旧市街を世界遺産に登録しており、パレスチナと対立を続けるイスラエル側が、ユダヤ教との関わりが無視されていると強く反発していました。イスラエル寄りの姿勢を鮮明にしているトランプ政権もこれに反発した形です。イスラエルのネタニヤフ首相も同日、声明でこれを歓迎し、イスラエルも脱退の準備をするよう外務省に指示したことを明らかにしました。また、先の国連総会ではトランプ大統領とともに、メイ英首相も国連分担金は公平でないと削減を予告しています。「米国第一主義」を掲げ、自国の利益のためなら国際社会との摩擦もいとわない姿勢を貫いているトランプ大統領。就任以来、環太平洋経済連携協定(TPP)や地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱表明など、国際協調から相次いて離脱し、孤立路線を強めていることに国際社会も懸念しています。一方、ユネスコについてもここ30年来、米英を中心に抜本的な改革の必要性が叫ばれてきました。1984年、当時のレーガン政権はこの組織の反米主義、浪費、ユネスコ憲章からの逸脱を非難して、一度脱退しています(2003年に復帰したものの、11年以降、パレスチナのユネスコ正式加盟に反発してオバマ前政権が分担金の支払いを凍結)。共産圏や第3世界の発言力が強まり、公平・中立であるべきユネスコが政治化していることにも批判が高まっており、教育や文化の振興を通じて戦争の悲劇を繰り返さないという理念とは裏腹に、実態は生々しい国際政治の駆け引きの場となっていることは否めません。こうした状況は、けっして日本と無関係ではありません。15年10月、中国が申請した「南京大虐殺の記録」が世界記憶遺産に登録された際、審査過程で日本の考え方が反映されませんでした。米国が長らく拠出を凍結し、日本は負担率の実質トップでありながら、何の影響力も行使できませんでした。政府はこれに抗議する意味で、昨年は通常4、5月に拠出する分担金を12月まで出さずにいました。今月24日からはパリで記憶遺産の審査が行われる予定ですが、菅官房長官は先月12日の会見で、日中韓を含む8カ国15の市民団体が出した慰安婦記録物を遺産に指定する場合、分担金の留保など「行動を取る」と警告しました。ただ、米英と同様に日本も分担金拠出を凍結、あるいはユネスコを脱退すればいいといった単純な問題ではありません。すでに分担金の負担割合では日本に次いで中国が3位となっており、分担金拡大をてこに影響力を拡大することが懸念されます。第2次大戦後、世界や地域平和のために作られたユネスコをはじめとする国連、欧州連合、北大西洋条約機構などの機関が、現在、設立に関わった国々の「国益優先主義」政策で危機を迎えています。今こそ、各国は国連の組織改革やその活動の透明性を高め、プロセスを公正なものにする制度改革に本気で取り組まなければなりません。ユネスコをめぐる状況は、世界平和を希求する国際社会への重要な信号の1つと考えるべきです。(S)

崩れゆく「ヨーロッパ統合」の夢

全人類を結ぶ「私たち」の根拠はどこについ最近まで、ヨーロッパはグローバル時代における地域統合の旗手であり先駆者でした。しかし、英国のブレクジット(Brexit)に始まり、各国での反EU・極右愛国主義政党の台頭、さらにはカタルーニャの独立騒動が勃発するなど、ヨーロッパは社会的分断と混乱の象徴に堕してしまっています。2〜3年前、統合主義者は楽観的な統計を示していました。若い人たちの間で「英国人」「ドイツ人」などと同じレベルで「ヨーロッパ人」としての意識が育っている、と。しかし、現実は「カタルーニャ人」「スコットランド人」など、すでに近代国家に包摂されていたはずのアイデンティティがよみがえりつつあります。また、狭い意味での「フランス人」「ドイツ人」が、同じ国民であるはずのムスリム移民を異物として排斥しています。果たして、国家の枠を超えて「ヨーロッパ人」「世界人」が出現する時代が来るのでしょうか? それとも、世界は古くからの民族的アイデンティティによって解体の道をたどるのでしょうか? いうまでもなく、これは「アイデンティティ」の問題です。言い換えると、人々が「私たち」と感じる範囲はどこまでなのか、という問題です。「私たち」を作り上げるもの人々が「私たち」と感じる根拠には様々な要素があります。身近なところでは、同じ趣味、嗜好によって結びつく「私たち」があります。同じサッカーチームを応援していたり、同じアーティストのファンであれば、そこに連帯感、共同体意識が生まれ、「私たち」が出現します。政党や国家をつくりあげるアイデンティティの要素としては「民族」「主義・思想」「宗教」などがあります。共通の言語、文化、生活様式のなかで育ったり、共通の理想や価値観を共有することで、非常に強固な「私たち」という感覚が生じます。もちろん共産主義が主張するように、「階級」も強力なアイデンティティを形成する要素の一つです。市民や、労働者といった共通の階級的利益を持った人たちが「私たち」として結束するのです。このように「私たち」という感覚は、身近な趣味のサークルにはじまり、政治勢力や国家をも生み出す統合の力です。逆に、この感覚が揺らぐ時、あるいは「私たち」の枠内に収まらない他者である「彼ら」が入り込んでくるとき、社会の分断、政治の混乱が始まります。「私たち」と「彼ら」に分かれた米国典型的な例が米国でしょう。必ずしも、トランプが分断をもたらしているわけではありません。むしろ、分断の結果、生み出されたのがトランプです。かつて、米国は「アメリカ市民宗教」と呼ばれる共通の歴史、価値観、文化を共有する「アメリカ人」の国でした。彼らは建国の父たちの物語を誇り、キリスト教に基づく自由、勤勉、責任、奉仕、隣人愛といった価値観を共有し、感謝祭やクリスマスなど季節ごとの行事を共に祝っていました。クリスマスソングの多くはユダヤ人によって作曲され、大統領が聖書に手を置いて宣誓することに疑問を唱える人はいませんでした。白人も黒人もユダヤ人も、皆「私たち」「アメリカ人」として一つだったのです。しかし、キリスト教が衰退し、世俗化が進む中で、もはや米国人は共通の神話も理念も持てなくなりました。敬虔なクリスチャンは、中絶や同性婚を推し進める世俗的リベラルと、共に暮らすことが困難になっています。一方、マイノリティの増加によって白人の圧倒的優位が揺らぐ中、トマス・ジェファーソンなどの建国の父ですら「奴隷所有者」として糾弾されるようになりました。共和党支持者と民主党支持者、白人とマイノリティなど、彼らは、お互いを「私たち」と呼ぶことができなくなっています。「私たち」と「彼ら」が一つの国の中に生まれてしまったのです。このように「私たち」という感覚は、「彼ら」という他者と出会う時、分断と闘争をもたらすリスクを抱えています。その際に「彼ら」をも包み込む、新しい「私たち」の根拠を見出すことができるなら、より高い次元の社会的統合を実現することができるでしょう。米国社会は、その新しい「私たち」を求めて苦闘しています。ヨーロッパ統合を進めた「キリスト教民主主義」ヨーロッパも事情は同じです。それぞれの国が「私たち」として独立している中でヨーロッパ統合を進めるには、ヨーロッパ全体を「私たち」と呼ぶことのできる政治勢力がなければなりません。それが、第二次大戦後に最盛期を迎えた「キリスト教民主主義」勢力でした。彼らはカトリック教会を母胎としつつ、民主主義の枠内で「政教分離」の立場を守り、キリスト教価値に基づく政治理念の実現を目指しました。具体的には、個人を中心とする「自由主義」と「社会民主主義」の双方を批判し、個人の欲望や階級的利益よりも、家庭や共同体を基盤とする協調的な発展を求めたのです。彼らの共同体志向と、カトリック教会に由来する「ヨーロッパは一つ」という感覚は、国家間の壁を相対的なものとしました。さらには、キリスト教的な「友愛、和解の精神」と「強力な反共主義」が、冷戦時において独仏和解を中心とした西欧の結束を加速する力になりました。彼らにとってヨーロッパは、中世以来、キリスト教文化と歴史を共有する「私たち」の家だったのです。実際に、EUの父と言われるシューマン(仏)、アデナウアー(独)、デ・ガスペリ(伊)といった人物は、皆、キリスト教民主主義者であり、相互に協力関係を結んでいました。そして、素朴で勤勉なキリスト教徒である中産階級や農民たちが、彼らに政治的な支持を与え、ヨーロッパ統合への大きな推進力となったのです。現在でもヨーロッパ議会では、各国のキリスト教民主主義政党を中心とするヨーロッパ人民党(EPP)が最大会派となっています。「ポスト・キリスト教」時代のアイデンティティしかし、80年代以降のヨーロッパでは、中産階級と農民の没落と共に、キリスト教民主主義を草の根で支えてきた信仰共同体は、ほとんど崩壊してしまいました。また、冷戦の終結とともに、「西欧の結束」の必要性も低下し、EUの東方拡大は、歴史的、文化的な一体感を薄めていきました。EU官僚や知識人が掲げる「人権」「寛容」「多様性」などの理念は、あまりに無機質で抽象的すぎて、人々に「私たち」の感覚を与えるには至っていません。「移動の自由」や「共同市場」の優位性についての主張も、格差の拡大やテロ、難民問題によってかき消されてしまいました。キリスト教民主主義が空洞化した後に残ったものは、もっと土着的で根源的な「民族」的アイデンティティであり、格差の感覚からくる「階級」的アイデンティティでした。これらは国の壁を超えるどころか、国内にすら分断を持ち込むものです。「私たち」の範囲は限りなく狭くなり、かつて共に暮らしていた人々の間にすら、大きな壁を築き上げています。交通、通信が発達し、人や物、情報が自由に行き交う世界にあって、アイデンティティの縮小傾向は非常に大きな懸念材料です。果たして、ポスト・キリスト教時代にあって、米国やヨーロッパは、新しい「私たち」の根拠を見いだせるのでしょうか? それとも、世界は再び、ロシアや中国に代表される国家的アイデンティティに引き裂かれたパワーゲームの時代に引き戻されるのでしょうか? 全人類を包み込む「私たち」の根拠をどこに求めるのか、現代における最も深刻な課題だと言えるでしょう。(O)

米国の朝鮮半島政策に驚くほどの一貫性

「先制(preemption)」と「予防(prevention)」の違いを正しく認識せよ北朝鮮との対話の是非を巡りトランプ米大統領とティラーソン国務長官の発信にズレが際立っています。北朝鮮との対話路線を探るティラーソン国務長官に対し、トランプ米大統領は「時間の無駄だ」と酷評。一時は、米メディアではティラーソン氏の辞任論も取り沙汰されました。米朝間の緊張が高まるたびに、当コラムでは「いかなる形であれ、北朝鮮との対話は必要」とのスタンスを取ってきました。確かに今は対話の時ではないかもしれませんが、これまでの経緯を見ても「出口戦略のない対話」には効果がないことは明白ですし、何よりも米朝の軍事衝突で日本と韓国に大変な被害をもたらされるというと最悪の事態を避けなければならないと思うからです。ただ、米国の著名なジャーナリスト、ファリード・ザカリア氏も指摘しているように、もはや北朝鮮の非核化を対話の条件とする「ゾンビ政策」には効果が期待できないことは明らかです。「抑止は十分可能」と指摘する専門家も少なくありません。とはいえ、トランプ政権による北朝鮮への攻撃の可能性は消えません。ここで「先制攻撃」について考えてみたいと思います。先制攻撃に関しては、「先制(preemption)」と「予防(prevention)」の違いを正しく認識する必要があります。先制攻撃は国際法で認められていますが、予防戦争はそうではありません。先制攻撃は敵が今まさに攻撃しようとしており、その攻撃はもはや避けられないという前提が必要となります。つまり、先制攻撃によってその脅威を取り除くか、少なくともその攻撃によって受ける被害を軽減できるという見込みがあることが必要です。例えば、CIAなどの米国のインテリジェンス機関が「北朝鮮が今まさに韓国や日本を攻撃しようとしている」という情報を入手し、それが確かであった場合、米大統領が北朝鮮への先制攻撃を決断しないような状況は考えられません。一方、予防戦争は敵の脅威が差し迫ったものではなく、近い将来にやってくるものでもないにも関わらず、敵が重大な脅威となる前に先に攻撃しようとするものです。ただ、米国が予防戦争に出れば、北朝鮮が韓国だけでなく日本や米国本土に向けて反撃してくることは間違いありません。1951年以降の米国の朝鮮半島政策をみると、トランプ政権による予防戦争の可能性は極めて低いと指摘する米国人専門家もいます。米国の朝鮮政策は、51年に当時のトルーマン大統領が朝鮮戦争で米軍を主体とする国連軍を指揮したマッカーサー司令官を解任して以来、一貫しています。それは、韓国を北朝鮮から守ることと、第2の朝鮮戦争を防止することです。実際、2010年の韓国哨戒艦沈没や延坪島(ヨンピョンド)砲撃では、北朝鮮に報復しようとする韓国に自制を促しました。韓国が報復すれば、全面戦争に発展する可能があったためです。一方で、北朝鮮の指導者も愚かではありません。米韓の軍事力が彼らよりもはるかに勝っていることを知っているため、核兵器で韓国を先に攻撃するような自殺行為に出るとは考えにくいです。(H=ソウル在住)

イメージ先行の野党躍進は「国難」日本を危うくする

衆院解散 民進解党、「希望の党」合流で構図が一変安倍首相が昨日28日、臨時国会の冒頭で衆院解散に踏み切り、10月10日公示、22日投開票の日程で事実上の選挙戦に突入しました。首相自ら「与党で過半数」の233議席を勝敗ラインと位置づけ、「過半数割れなら私も辞任」と、不退転の覚悟で臨む姿勢を明らかにしました。当初は圧勝予想もあった与党側ですが、小池百合子東京都知事が代表になった「希望の党」の誕生と、民進党による希望の党への事実上の合流で選挙の構図が一変した形です。希望の党は27日に結党の記者会見を行い、綱領で「寛容な改革保守政党」を掲げましたが、具体的な政策には踏み込みませんでした。理念や政策が異なる政党出身者が集まった「寄り合い」政党だけに、今後発表する選挙公約でどこまで政策内容を詰めきれるかは不透明です。また、民進党は28日の党両院議員総会で、前原誠司代表が提案した希望の党との合流を正式決定しました。民進党所属の衆院議員は基本的に離党して新党に参加する形式となります。参院側も希望の党に加わる方向で、前原氏は否定していますが、民進党の事実上の解党です。前原氏は同党の議員を前に「どんな手段を使ってでも、どんな知恵を絞ってでも安倍政権を終わらせよう」「名を捨てて実を取る」と表明し、理解を求めました。報道によると、前原氏は野党再編に向けて、党内の反発覚悟で自由党の小沢一郎代表とも入念に会談を重ねてきました。小沢氏はかねて、野党が連立政権を前提に選挙協力する「オリーブの木」構想を主張していて、今回もこれを参考に民進、希望、自由の3党で政治団体を設立する案もあったようです。小沢氏の着想はもともと、イタリアの中道政党と左派政党が連合し、政権を担う目的で立ち上げられた、その名も「オリーブの木」がもとになっています。1996年4月の総選挙でオリーブの木は共産主義再建党と結んで勝利し、ロマノ・プロディ氏を首相に据えました。一つの政党ではない、ゆるやかな連合体で選挙を戦い、政権を担うというものでした。しかし、現在の政党民主主義の政治システムの中で、こうした政党連携は結局一時しのぎにすぎません。前述のイタリアでさえ、オリーブの木の政権は短命でした。そこで、与党に立ち向かえるだけのしっかりとした政策と方向性をもった野党が必要となるのですが、「寄り合い所帯」の希望の党にどれだけ期待できるでしょうか。希望の党側もこうした懸念を踏まえるとともに、特に93年7月の衆院選後に成立した7党1会派による細川護煕首相率いる「非自民連立政権」の成立とその後の経緯を意識して、「民進党と丸ごと合流することはない」(小池氏)とし、理念や政策が一致しない議員の合流は拒む構えです。特に、原発ゼロや消費税増税凍結を訴えて自民党との差別化を図る一方、憲法改正への積極姿勢や現実的な安全保障政策を掲げて民進党などとの違いを打ち出しており、菅直人元首相、野田佳彦前首相の2人の公認申請は拒否されるとの見通しを明らかにしています。それでも、希望の党として、消費税増税凍結による財政健全化や社会保障制度の悪化を抑える代案は示しておらず、安倍首相の「9条改正」を否定する一方、自衛隊を軍と明記する憲法草案をまとめた中山恭子参院議員(「日本のこころ」元代表)を結党メンバーに抱えるなど、同党の姿勢に一貫性は感じられず、「有権者受けする」主張が羅列されていると言わざるを得ません。一連の動きに対し、安倍首相は「選挙のために集まり看板を変えた政党に、日本の安全、未来を任せるわけにはいかない。そこから生まれるものは混乱でしかなく決して希望は生まれない」と批判しました。安倍首相が野党再編の動きに警戒感を強めている様子がうかがえる一方、急場でこしらえた新党には特定の政策思想がなく、イメージ先行の野党の躍進は、かえって政治停滞を招くだけだとの危機感も滲んでいます。特に、緊迫する北朝鮮情勢は、現在の日本が抱える大きな国難の一つと言えるでしょう。烏合(うごう)の野党が政権をとれば、北朝鮮対応も流動的になりかねません。有権者は、しっかりした政策と政権の安定性こそ重要であると肝に銘じながら選挙に臨みたいものです。(S)

政経癒着を生む韓国財閥の「循環出資」構造

サムスントップに懲役5年(後編)今回は前回のコラムの続きで、韓国のソウル中央地裁は8月25日、前大統領の朴槿恵(パク・クネ)被告への贈賄罪などに問われたサムスングループ経営トップのサムスン電子副会長、李在鎔(イ・ジェヨン)被告に懲役5年(求刑12年)の判決を言い渡した内容に関するものです。前回は、創業者一家がわずかな持ち分でグループ全体を支配する「循環出資」の問題点について指摘しました。創業者が2世・3世にグループを継承するために、グループ内で「内部取引」が盛んに行われていると説明しました。例えば、物流や情報技術(IT)サービスを提供する会社を設立して、2世・3世が筆頭株主となります。売り上げが上がった後に上場することで、2世・3世は莫大な資金を手にします。そして、その資金でグループ内の主力企業の株を購入し、グループに対する支配権を強めるという内容です。サムスンはサムスン物産→サムスン生命→サムスン電子などど典型的な循環出資構造になっています。循環出資はガバナンス(企業統治)が不透明になりがちなのが課題です。最も複雑なのが、「お家騒動」で有名なロッテです。これは韓国企業の株価がマーケットで過小評価される大きな原因となっています。サムスンは株主価値向上という観点からも循環出資構造を解消して、持ち株会社体制に移行する必要がありました。しかし、ここでまた別の問題があったのです。今の韓国の法律では、持ち株会社は金融会社を所有できないことになっています。ということは、サムスンがサムスン物産を持ち株会社とする持ち株会社に移行するには、サムスン物産がサムスン生命の株を処分するか、サムスン生命がサムスン電子の株を売却するしかありません。しかしそうなると、サムスン電子の株価が下落するという問題があります。つまりサムスンが今の状態のまま持ち株会社体制に移行するには、法律を変えるしかありません。これによって、李在鎔被告が朴被告に賄賂を渡したという見方が成立するわけです。もちろん物的な証拠はありません。「疑わしきものは罰せず」という原則からすれば、韓国司法の判決には賛否両論があります。しかし、過去、韓国の財閥ではオーナーが子どもにグループを継承させる作業でさまざまな不正があったことは事実であり、「ろうそく集会」を背景に「積弊の清算」を叫んだ文在寅(ムン・ジェイン)政権の背景を考えれば、当然の帰結だと言えるでしょう。(H=ソウル在住)

アベノミクスは成功、それとも失敗?

経済構造の変化に対応できる成長戦略の強化を「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の「3本の矢」からなるアベノミクスは成功したのか――。第2次安倍内閣の2012年末に掲げられてから約4年半が経過し、7月31日には国際通貨基金(IMF)が日本経済に関する年次報告書を発表しました。この報告書をめぐっては、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」が「IMFがアベノミクス成功と宣言」として伝えました。報告書について、IMFのデビッド・リプトン筆頭副専務理事は、「アベノミクスは成功したものとみなされるべきで、成功しているからこそ続行すべきだ」とコメントしました。さらに、「アベノミクスは日本経済の状況を改善し、構造改革を軌道に乗せた。金融緩和を成功させ、企業収益を引き上げるとともに、雇用と女性の職場参加を増大させた」と、最大級の評価をしています。一連の腐敗疑惑や閣僚の失言、失態によって支持率が安定しない安倍政権にとっては、こうしたアベノミクスの成果をアピールしたいところですが、残念ながら国内では「消費が盛り上がらず、むしろ縮小している」「富裕層の資産が過去最高を記録する一方、分配率はなかなか改善されず、一般国民は経済成長の実感が持てない」「2%の物価上昇目標が達成可能という前提に問題あり」「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の最重要メンバーである米国の離脱で、日本の成長達成は絶望的」など、不信や批判の声が目立っています。メディアの中でも相異なる見出しが踊ったのも無理からぬことで、そもそもIMF自体が「自由貿易・資本市場の自由化・価格決定の自由化」などを旨としていることから、その観点でアベノミクスについて評価できる反面、これに批判的な専門家からは、「IMFが掲げる経済原則に、近年見られるゆらぎによって、報告書でははっきりとした結論を出せないという、IMFのジレンマを反映したものだ」との声もあがっており、二元論的な結論を避けた玉虫色の報告書になっているというのが事実のようです。確かに、この4年半で雇用は大きく改善し、物価も一時のマイナスからプラスに回復しています。景気についても、統計上は低空飛行ながら改善しています。問題は、景気拡大局面が続き、雇用も完全雇用状態だというのに、国民の多くがそれを実感できていない点にあります。この点について、慶応大学の井手英策教授は、「好景気が長く続くことと、人々の暮らしが良くなることは別のものになっている」と指摘しています。井手教授は、日本社会で賃下げや雇用の非正規化が進み始め、企業もキャッシュフロー重視や内部留保依存型の経営に転換していった97年以降、統計上でも世帯当たりの可処分所得が減り続けており、共稼ぎの増加で世帯で働く人は増えているにもかかわらず、収入はむしろ減っていることを挙げながら、「成長を前提とする政策発想ではもう限界」と強調しています。しかし、こうした経済構造の変化に対応していくためにも、優先すべきはやはりアベノミクス第3の矢である「成長戦略」の強化ではないでしょうか。若者や子育て世代の消費を喚起するためには、現役世代への所得移転を促す社会保障制度や税制改革に正面から取り組まなければなりません。と同時に、経済主体の期待と行動を持続的に変化させるために、生産性向上に向けた人材・物流の流動化と確保、イノベーションの創出などを通じて従来の規制を打ち破るような新陳代謝の促進、さらに賃上げにつながる労働市場改革や人材育成戦略を最優先で進めるべきです。(S)

サムスントップに懲役5年

「政経癒着」断絶への第一歩か韓国のソウル中央地裁は8月25日、前大統領の朴槿恵(パク・クネ)被告への贈賄罪などに問われたサムスングループ経営トップのサムスン電子副会長、李在鎔(イ・ジェヨン)被告に懲役5年(求刑12年)の判決を言い渡しました。これまで横領や背任などで有罪判決を受けた財閥トップの中で最も重い刑となりました。韓国では、横領や背任などで有罪判決を受けた財閥トップに対する判決はこれまで「懲役3年執行猶予5年」が「相場」でした。今回の判決は、いわゆる「Too Big to Jail(企業が大きすぎてトップを収監できない)」という公式が崩れるきっかけになりそうです。今回の判決内容は、貧富の差を生む財閥を嫌う韓国世論を意識した面も否定できないとの見方があります。いわゆる「情治国家」として、憲法や法律よりも国民の情緒を優先するなど法治国家としての韓国の未熟さを指摘する声が出ているのも事実です。あるいは、韓国司法の左傾化を憂う声も上がっています。しかし、韓国の財閥の問題点を知る筆者としては、その意見に対しては半分賛成で半分反対の立場です。それでは、韓国の財閥の何が問題なのでしょうか。 韓国を代表するグループ企業のサムスンや現代自動車、ロッテの支配構造は、系列会社同士が株式を持ち合う複雑な「循環出資」になっています。簡単に説明すると、A社→B社→C社→D社→A社というように順繰りに株式を保有しているわけです。 サムスンであれば、サムスン物産→サムスン生命→サムスン電子などの順番になっています。日本でも企業同士の株式の持ち合いはよく見られますが、韓国の循環出資のポイントは、わずかな持ち分で創業者一族がグループ全体を支配するのがポイントです。例えば、現在闘病中の李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長でさえ、サムスン電子株を3%も保有していません。その李会長がサムスン電子の会長であり、サムスングループの総帥でいられるのは、ひとえにこの循環出資によるものです。もちろん、李会長自身は優れた経営者です。李会長らグループ総裁の悩みは、どのようにして子供たちに事業を継承させるかということです。よく使われるスキームが、いわゆる「内部取引」です。 例えば、グループ内に物流やIT関連の会社を設立します。その会社の株式はグループ総帥の息子たちが所有します。そして、グループ全体が集中的にその会社に仕事を発注するわけです。当然、売り上げは上がります。次は、その会社の株式上場です。すると、グループの総帥の子供たちは莫大な利益を手にできます。今度は、その資金でサムスン電子や現代自動車などグループ内の中核企業の株式を購入するというわけです。 李在鎔被告の場合、サムスン電子を支配するには、自身が筆頭株主を務める第一毛織という企業とサムスン電子の株を保有するサムスン物産の合併を成功させる必要がありました。しかし、それがかなり無理な合併であったことは、サムスン物産の物言う株主、米エリオットマネジメントが強く反対し、合併取り消しを求めて裁判所に提訴したことでも分かります。 何が問題だったかというと、合併の過程でサムスン物産の株価が低く評価されてしまったわけです。ただ、李副会長がサムスン電子の支配権を強めるという以外に、合併に経済的な合理性はありませんでした。さらに、サムスングループにはもう一つ大きな課題があるのですが、長くなりますので続きはまた今度。(H=ソウル在住)

北朝鮮のミサイル発射で現実的対応を迫られる韓国

「北朝鮮の『善意』に依存する政策だけでは限界」と専門家北朝鮮が29日、弾道ミサイルを発射しました。金正恩(キム・ジョンウン)政権下で日本上空を通過したのは初めてのことです。日本では12道県を対象に全国瞬時警報システム「Jアラート」によるミサイル情報が配信されました。日本のテレビ局も通常番組をとりやめ、緊急ニュースを伝え続けたと聞いています。一方、韓国ではどうでしょうか。朝起きてテレビをつけてみるとバラエティー番組が放送されていました。チャンネルを替えてもなかなかミサイル関連ニュースが入ってきません。午前10時くらいになってからでしょうか、ようやく24時間ニュース番組のYTNや聨合ニュースが運営するケーブルテレビで報道が始まりました。韓国は一般に、北朝鮮に対する脅威に麻痺しているといわれます。日本の危機意識に対しては「大げさだ」と考えがちです。その一方で、韓国人は震度2程度の地震で大騒ぎするわけですから、在韓日本人からみればとても不思議な感じがします。ただ、少しずつですが、韓国でも北朝鮮の脅威にどう対応するかの具体的な論議が始まりつつあります。例えば、北朝鮮との対話のチャンネルを開きたい文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政策について、世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長は次のように整理しています。対話の条件として、核放棄を最初から提示はせず、「核実験とICBM試験発射のモラトリアム宣言(Moratorium)」→「核の凍結(Freeze)」→「核施設の不能化(Disablement)」→「核兵器の段階的縮小」→「核の完全廃棄」の5段階のアプローチを提示しています。そして鄭氏は、このアプローチをより効果的にするために中国の役割が大きいと指摘しています。その一方、鄭氏は「北朝鮮の『善意』に依存する政策だけを追求しては困る」と、文政権に釘を刺すことも忘れていません。北朝鮮の非核化が絶望的になった場合には、①韓国の軍事力増強②平和的な北朝鮮の政権交代③韓国の核武装――なども提示。韓国がTHAADを米国から購入して自前で運用すれば、中国の米国に対する安全保障上の懸念は和らぐため、中国は北朝鮮に対して強い制裁に踏み切れるなどの大胆な提案もしています。前回のコラムでは、英エコノミストなどが、北朝鮮の核能力を認め、それを抑止できる体制作りを進めるよう主張していることを紹介しました。果たして北朝鮮の非核化は絶望に近いのか。私たちは厳しい現実を直視すべき時に近づいているようです。(H=ソウル在住)

「反差別」なら暴力は許されるのか

米国の市民集団に紛れ込む「極左」グループ今、米国では保守(右派)とリベラル(左派)の文化戦争が激化しており、双方に過激な暴力的集団を生み出しています。日本では、左傾化した米国主流メディアの情報しか取り上げないせいか、極右、白人至上主義者に対する批判は伝えられても、極左の過激派についてはあまり積極的に報道されていません。しかし、トランプ政権の成立以降、極左集団の活動は活発化しており、各地で暴力事件を引き起こしています。暴力を肯定する極左集団「アンティファ」そうした集団の中で、代表的なものが「アンティファ(Antifa)」、アンチ・ファシズム運動です。彼らは、極右の集会ばかりでなく、トランプ大統領の就任式をはじめ、共和党系の集会があるたびに黒い覆面姿で現れ、こん棒をふりまわしたり、唐辛子スプレーを噴射したりしています。すでに2011年の反格差、反グローバリズムのオキュパイ・ムーブメントでも彼らの姿は目立っていましたが、そのルーツは1930年代のヨーロッパにさかのぼります。当時、ヨーロッパではイタリアのムッソリーニ、ドイツのヒトラーが率いるファシズムの嵐が吹き荒れていました。そうしたファシズムに対抗して、共産主義者、無政府主義者が中心となって開始されたのが、アンティファでした。最初のアンティファと称するグループは、1932年7月10日、コミンテルンの密かな支援の下にドイツ共産党によって組織されたといわれます。ファシズムはもちろん批判されるべきです。しかし、左翼勢力が中心となって形成された「アンティファ・ムーブメント」の問題点は、既存のあらゆる政治的権威や資本主義体制そのものを「抑圧、差別」として反対し、対抗手段として「直接的行動(暴力)」を積極的に肯定するところにあります。つまり、反ファシズムを口実とした、共産主義の革命運動なのです。エスカレートする「極右」と「極左」の対立彼らは、米国ではファシズムの代わりに「人種主義(レイシズム)」に反対し、奴隷制と共に発展してきた米国の歴史そのものを否定する運動を繰り広げています。奴隷制を支持する側だった南軍関連の記念碑や銅像の撤去運動を推進したり、人種差別を米大陸に持ち込んだ元凶としてコロンブス関連のモニュメントを破壊するなどしています。そうした行き過ぎともいえる動きが、米国の歴史に誇りをもつキリスト教徒など保守層の危機感を煽り、極右勢力が拡大する一因ともなっています。8月12日、バージニア州シャーロッツビルで起こった衝突事件も、その延長線上で起こったものでした。この事件は、南軍の英雄リー将軍の銅像撤去に反対する「極右、白人至上主義者」と「市民集団」との衝突だったと伝えられています。しかし実際には、市民集団の側にもアンティファなど全米から召集された極左集団が含まれており、極右勢力と文字通りの乱闘騒ぎを繰り広げていました。結果として、一人の極右青年が車を暴走させて女性の命を奪うという悲劇が起きたため、極右勢力の側に非難が集中しましたが、混乱をエスカレートさせた責任自体は双方の過激派にあったといえます。また、8月27日にもカリフォルニア州バークレーで、ごく少数の右翼活動家に対して、100人余りのアンティファメンバーが、一方的に殴る蹴るの暴行を加える事件が起きています。その意味では、トランプ大統領が述べた「双方に責任がある」という言葉は、必ずしも間違いではありません。しかし、「どちらの側にもいい奴がいる」と述べたことは、犠牲者も出した暴力集団に対して、明らかに不適切な発言でした。保守、リベラルがともに、過激主義に対して声をあげるべき現在、必要なことは保守、リベラル問わず、双方に存在する過激派に対して非難の声を挙げることでしょう。その点で、ニューヨーク・タイムズなど主流メディアに掲載される一部のリベラル知識人の論調は気になります。彼らは、アンティファの暴力を「極右の差別主義者から平等や民主主義を守るためのもので、極右の暴力と同じように扱うことはできない」と擁護しています。まるで、冷戦時代の「帝国主義米国の核兵器は悪だが、解放勢力であるソ連の核兵器は善だ」という共産党、旧社会党の主張そのものですが、そうしたご都合主義は通用しないでしょう。格差が拡大し、若者を中心に既存の社会秩序への不信感が高まる中で、極右極左を問わず、お互いを諸悪の根源と見なして、敵対勢力への誹謗、中傷、暴力をためらわない勢力が力を増しています。彼らの運動が社会をより良い方向に導くことはなく、さらなる分裂と破壊をもたらすだけであり、決して容認すべきものではありません。すでに保守の側では共和党議員、トランプ政権関係者などが、極右、白人至上主義団体を明確に非難し、距離を置く姿勢を鮮明にしつつあります。共和党最大の支持母体でもある福音派の南部バプテスト評議会も過去の奴隷制を反省するとともに、オルト・ライトや白人至上主義を非難する声明を正式に採択しました。同様に、リベラルの側からもアンティファなど過激な極左勢力に対して明確に反対の声をあげる義務があるでしょう。(O)

「自由で開かれた国際秩序」への信頼に黄信号?

試練を受けるグローバル民主主義の前提~経済や安全保障への貢献にも疑念~元「エコノミスト」誌編集長で、知日派として知られるビル・エモット氏の最新作「『西洋』の終わり」が欧米で話題となっています。同書は、欧米先進国や日本の繁栄の基盤となった「平等」と「開放性」が、衰退の危機にあると警鐘を鳴らしています。エモット氏は、第二次大戦後の歴史において、私たちが両親から受け継いできた西洋のオープンな自由民主主義の価値観やその恩恵に対し危機が迫っているのではないかとの視点から、本書の執筆を始めたといいます。そして、特に2008年の世界金融危機がその後の経済の緊張や格差の拡大をもたらし、経済的な破局が開放された市場への不信感を抱かせる要因になったと指摘しています。これを境に、世論や政治思想が、西洋的な考え方に反発する動きを示すようになり、「西洋の価値観が危機にさらされている」と意識し始めたというのです。同様に、米シンクタンク「フリーダム・ハウス」は2017年の研究報告書に『Populists and Autocrats: The Dual Threat to Global Democracy (ポピュリストと独裁者:グローバルな民主主義に対する二重の脅威)』というタイトルを付けました。このように、現在私たちが直面しているのは20世紀を通じて築かれた価値の基盤が揺らぐような転換点なのかもしれません。振り返ってみれば、自由民主主義が掲げる、自由で開かれた国際秩序に信頼が寄せられていた前提には次のようなものがありました。第1に、自国内における自由、人権の尊重、法の支配といった価値体系を重視することで基本的人権に対する意識が高まりました。人権の擁護と平等への意識、そして法の支配によって、人々の政府や市場に対する信頼が強まり、結果として資本主義の発展につながりました。経済発展とともに、富の再配分が進み、さらに消費の担い手となる多くの中間層を拡大させました。第2に、開かれた国際秩序のもとグローバル化によってもたらされる恩恵です。国境を越えた資本の移動や生産物、サービスによって世界の貿易額は飛躍的に増大し、経済成長の原動力となりました。このようにして実現した富の拡大は世界の貧困率を大きく改善させ、保健、教育分野でもその指標を上昇させました。第3の前提は、欧米の先進的な民主主義国家が、自由貿易体制や安全保障などのいわゆる国際公共財を提供できたという点です。とりわけ米国は基軸通貨や金融秩序を提供することで国際機関や枠組みを主導するだけでなく、圧倒的な軍事力を背景に同盟関係を構築することで安全保障秩序の維持を担っていました。しかし、こうした前提が現在、大きな試練を受けています。経済発展と民主化の関係は曖昧になってきました。ロシアや中国における国家指導者への権力集中、中東の混乱と権威主義の台頭、アジアにおける政治的緊張や国家の経済への介入など、経済発展をめざすこうした新興国で民主化が進んでいないという状況が生まれています。先進国でも、低成長と社会の高齢化の中で、富の再分配をめぐり民主的な手続きに対する不満が高まっています。中間層とよばれる人々の不満の高まりはグローバル化に対する疑念の高まりであり、これがグローバル化を推し進めるエリート層とのかい離を生んだのです。こうした状況の中で日本に必要とされているのは、自由で開かれた民主主義の価値観をしっかりと守りつつ、安倍首相が進める「価値の外交」で同盟国の連携を深化させることでしょう。同時に、こうした価値観を相容れないものとする国や地域に対しても、これを切り捨てるのではなく、粘り強く関与しつつ民主化へと導く努力が求められています。とりわけアジア太平洋地域の自由民主主義のリーダーとしての日本には、韓国、オーストラリア、ASEAN諸国、インドなどとの戦略的関係を強化しながら、これらの国々の同盟国である米国をアジア太平洋に、より関与させる責任があるのではないでしょうか。(S)

北朝鮮・金正恩氏、戦略目標にブレなし

交渉相手は米国のみ 核小型化を取引材料に在韓米軍撤退狙い朝鮮半島の緊張が依然高まっています。米国グアム島周辺に向けた弾道ミサイルの発射計画について、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は「米国の行動をもう少し見守る」と述べ、いったんはトランプ政権の出方を見極める姿勢を示しました。しかし、「一歩引いた」とか「留保した」と思うのは早合点。あくまで米国の出方次第です。時期はともかく、北が計画通りにグアムにミサイルを発射すれば、米国が「本土を攻撃された」として反撃し、本格的な軍事衝突に発展する可能性もあります。日本にとっても、集団的自衛権の行使に踏み切るかどうかのテストケースとなるでしょう。それにしても、米国を相手に危険なゲームを展開する金正恩氏とはいかなる人物なのでしょうか。最近、朝鮮半島問題の専門家で南カリフォルニア大学で教授を務めるデビット・カン氏が外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」に興味深い論文を寄稿しました。タイトルは「平壌のオオカミ」。正恩氏は「株式会社北朝鮮」の最高経営責任者(CEO)として実績を残しているという内容です。CEOは会社のミッションとビジョンを設定し、ヒト・モノ・カネという経営資源を有効に活用しなければなりません。部下を動機づけて業績を挙げる一方、時には、採算の取れない事業は清算しなければなりません。さらには、成績の悪い社員や会社の方針に一致しない古参幹部も解雇(粛清)する必要も出てきます。「先軍政治」を掲げ、軍を第一に考えた父親の正日(ジョンイル)氏とは違い、正恩氏は経済建設と核開発を同時に進める「並進戦略」を掲げています。核開発が進んでいるのは説明するまでもありませんが、国内経済は父親の代よりも活気づいています。カン氏の指摘どおり、これらを正恩氏の業績と考えるとすると、彼は若いながらも相当聡明なリーダーということになります。また、何よりも正恩氏の戦略目標は一切ブレることがありません。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が北朝鮮との対話のチャンネルを開こうと、あの手この手を使っていますが、全てなしのつぶてです。恐らくは北朝鮮の交渉相手は米国一本で、韓国など眼中にないのでしょう。米国本土まで届くICBMの核小型化を実現し、米国と対等の立場で交渉する力を持つことで、在韓米軍の撤退を実現するのが狙いです。米軍がいなくなれば、核の力による朝鮮半島の統一がいよいよ現実味を帯びてきます。米軍が撤退に踏み切るかどうかは分かりませんが、重要なのはそこに対する正恩氏の戦略目標にブレがないという点です。その観点からみると、米国との軍事衝突は避けたいというのが正恩氏の本音ではないでしょうか。最近では、英エコノミスト誌が「米国は冷戦時代に核を保有したソ連と共存した。これからは核を保有した北朝鮮と共存する道を探るべき」との記事を掲載しました。韓国外国語大学の尹徳敏(ユン・ドクミン)碩座教授(※)は日本経済新聞とのインタビューで、「ICBMが取引の材料になり得る」と指摘しました。これは北朝鮮がICBMの開発をやめる代わりに、米国は自国の本土に届かない短距離弾道ミサイルに載せる核については黙認することを意味します。日韓など東アジアの危機は消えません。(H=ソウル在住)※碩座教授〜寄付金によって研究活動をするよう大学が指定した教授